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東京地方裁判所 平成2年(ワ)2501号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求原因1の(一)、(二)並びに(三)(1)及び(2)の各事実は当事者間に争いがない。同(三)(3)及び(4)については、昭和六二年八月一日付の契約書に同(三)の(3)及び(4)の定型的な増改築禁止条項が含まれていることは当事者間に争いがない。

二  請求原因2について

1  請求原因2の(一)、(二)、(三)(2)、(五)(4)、(5)、(7)ないし(9)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  請求原因2の(三)(1)及び(六)について

請求原因2の(三)(1)及び(六)の事実は、被告が設けた壁が軸組であることを除き、いずれも当事者間に争いがない。

そして、《証拠略》によれば、被告が本件工事において、本件建物の道路側(西側)の壁面について行つた工事の内容は、従来からの壁面について、北側と南側にあつた鉄扉の部分の開口部分を形成、補強する木材を収去したものの、その他の従来からの壁面の構造物については何ら変更を加えず、請求原因2(二)のとおり設置した基礎の上に、縦横各一〇センチメートルの角材を一八〇センチメートル間隔、その間に縦一〇センチメートル、横五センチメートルの角材を四五センチメートル間隔で組合わせた骨組を作り、その骨組に道路側からアスファルトフエルトを貼り、さらにその上から石綿製の耐火板(サイディングボード、以下「ボード」という。)を貼つたこと、既存の壁面と新設の壁面との間には数センチメートルないし十数センチメートルの空間があることが認められるが、被告がこのほかに本件建物の道路側(西側)の壁面について工事を行つたことを認めることはできない。したがつて、被告が本件工事により設けた壁面は、本件建物の屋根などの荷重を支持し基礎に伝達し抵抗する軸組ではなく、構造上既存の本件建物から独立したものであつて、ボードとそれを支える支柱であるにすぎないというべきである。

3  請求原因2の(四)について

《証拠略》によれば、被告が本件工事により本件建物の道路側(西側)の従来の壁面の外側に新たな壁面を設置し、さらに本件建物の既存の壁面が本件建物の内側方向に傾斜していたこともあつて、被告が新たに設けた壁面のパラペットと既存の壁面のパラペットの間が、約三六センチメートル開いてしまつたため、その間隙を塞ぐために笠木を伸ばしたことを認めることができる。したがつて、被告が本件工事により従来の屋根を収去し新たに屋根を設置したとすることはできない。

4  請求原因2の(五)(1)及び(3)について

《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  被告が、昭和三八年五月二七日、三陸から本件建物の北側部分を賃借した当時、本件建物は、別紙図面2記載の状態で、屋根と壁面だけからなつており、同図面記載のとおり、本件建物の北側部分の内部には土間と北側工場との境に壁面があつたものの、その他の内部はがらんどうで何らの施設がなく、また、事務所部分の道路側(西側)の壁面はなく、可動式の木柵が置かれていたにすぎなかつたこと、被告は、本件建物の賃借後、別紙図面3記載のとおり、北側工場の東側に事務所を仮設し、土間に間仕切り等を設けたこと、

(二)  被告は、昭和四〇年一月ころ、本件建物の別紙図面3記載の土間の部分に事務所の施設を設けることとして、土間の部分に設置されていた間仕切りを撤去し、同図面記載のAB間の壁面を収去して、別紙図面4記載のとおり、右の収去した壁面の部分から北側工場に一部が侵入する形で事務所を設け、事務所内の壁面にベニヤ板等を貼るなどして整備し、また、間仕切りや二階への階段を設置したこと、原告は被告に対し、右工事について異議を述べなかつたこと、

(三)  被告は、昭和五〇年七月ころ、事務所部分の東側部分に間仕切りを設ける等の改装を加え、本件工事以前の本件建物の事務所部分の状況は、別紙図面5記載のとおりとなつたこと、原告は被告に対し、右工事について異議を述べなかつたこと、

(四)  被告は、本件工事により、別紙図面5記載のAF、BC、CD、GH間の従来の壁面を同図面記載のK点の柱を残して収去し、同図面記載の階段部分を撤去し、また、同図面記載のDG間の壁面のベニヤ板を外し、さらに本件建物の事務所内の天井板を剥がしたこと、

(五)  そして、被告は、新たに別紙図面6記載のAB、BC、CE、DF間に、幅約一二センチメートル、高さ約一二センチメートルのコンクリート製の基礎を設置し、右基礎の上に、縦約一〇センチメートル、横約五センチメートルの角材を固定して、同図面記載のA、B、C、D、E、Fの各箇所に縦横各約一〇センチメートルの角材を立てた上(Dにおいては、別紙図面5記載のK点に残された柱に接する形で柱が立てられた。)、別紙図面6記載のAB、BC、CE、DFの間に約四五センチメートル間隔で、縦約一〇センチメートル、横約五センチメートルの角材を立てて、壁面の骨組を造つたこと、被告は、右の壁面の骨組のうち、同図面記載のCE、DF間にベニヤ板を、同図面記載のAB、BC間にサイディングボードをそれぞれ貼つて新たな壁面を設け、同図面記載のDF間の壁面には、ベニヤ板の上に更にタイルを接着して目地を入れ、スチールサッシの窓を嵌め殺しの態様で据え付け、同図面記載のCD間に、新たにスチールサッシのドアを設置し、さらに、同図面記載のAF間にシャッター二基を設置したこと、被告は、同図面記載のEG間の壁面の骨組に柱一本を加えた上、ベニヤ板を貼り、新たに事務所部分に天井板を設置し、また、内部の壁面のベニヤ板に壁紙を貼つたこと、

以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがつて、請求原因2の(五)(1)の事実とは場所が多少異なるものの、これと同様の工事を被告が行つたことを認めることができる。

しかし、本件工事が、工事前の事務所部分の軸組等の基本的な構造物に変更を加えたとすることはできない。すなわち、前記のとおり、昭和三八年の賃貸借開始時において、別紙図面2記載の土間の部分は、屋根と道路側(西側)を除く壁面だけからなつていて、内部はがらんどうで何らの施設もなく、被告が、賃借開始後に事務所に改装したものであり、本件工事の作業内容は、別紙図面5記載のAK、DE間の壁面の収去を除いて、被告が本件建物の賃借後に設けた事務所内の壁面を形成する骨組やベニヤ板、天井を収去し、新たに壁面を形成する骨組を補強してベニヤ板を貼り、天井を設けたにすぎず、同図面記載のAK、DE間の壁面を収去したことについても、右DE間の壁面については、被告が昭和四〇年一月ころに行つた工事の際、原告が別紙図面3記載のAB間の壁面の収去について何ら異議を述べていないこと、右AK間の壁面についても、K点の柱は残されていることからすると、右AK、DE間の壁面に本件建物の屋根の荷重を支える基本的な構造物があつたと認めることはできないのであり、結局、被告が事務所部分について行つた本件工事が、本件建物の基本的な構造に変化を加えるものとすることはできず、また、被告が本件工事で新たに設置した壁面や天井等を軸組ということはできない。

5  請求原因2の(五)(2)について

《証拠略》によれば、被告が、本件工事により本件建物の事務所部分の道路側(西側)の上部に、前記2記載の方法と同様の方法により、壁面の骨組を造つた上、アスファルトフエルト及びボードを貼り、また、屋根状の構造物を設けたことを認めることができる。

6  請求原因2の(五)(6)について

請求原因2の(五)(6)のうち、被告が設置した壁面が軸組であること以外の事実は当事者間に争いがない。そして、前記4のとおり、昭和三八年の賃貸借開始時において、別紙図面2記載の土間の部分は、屋根と道路側(西側)を除く壁面だけからなつていて、内部はがらんどうで何らの施設もなく、被告が、賃借開始後に事務所に改装したものであるから、被告が本件工事で事務所部分に行つた作業は、本件建物の基本的な構造を変えるものではなく、被告が設置した壁面は軸組であるということはできない。

7  なお、被告代表者尋問の結果によれば、被告が本件工事に要した費用は、約金四〇〇万円であることが認められる。

三  請求原因3について

請求原因3の事実はいずれも当事者間に争いがない。なお、《証拠略》によれば、原告が被告に対して郵送した「建物外装工事中止再申出の件」と題する書面を東京千歳烏山郵便局が引受けたのが、平成二年二月九日午後零時から午後六時の間であることが認められ、同年二月一〇日は土曜日、同月一一日は日曜日、同月一二日は振替休日であつたことは公知の事実であり、被告代表者は、右書面を受領したのは同月一三日であると供述していることからすると、被告が右書面を受領したのは、同月一三日であると認められる。

四  抗弁1について

1  抗弁1のうち、昭和三八年五月三日当時、本件建物内部はがらんどうで何らの施設がなかつたこと、水道管敷設の必要があつたこと、昭和六二年八月一日付の契約書には定型的な増改築禁止条項が含まれていたこと、本件契約において、内装変更及び簡単な造作の変更が特約により被告に認められていることは当事者間に争いがない。

2  《証拠略》によれば、以下の事実を認めることができる。

(一)  原告は、昭和三〇年九月、本件建物を建築し、同人が経営する三陸の名義で所有権の保存登記を行い、三陸の工場等として使用を始めたこと、

(二)(1) その後、三陸は肥料等の需要が低下して事業の継続が困難となつたため、本件建物を賃貸に出すこととなり、昭和三八年五月二七日、本件建物の北側部分を、当時リフォーム業の事業拡大を図つていた被告に対し、倉庫として使用する目的で、賃貸期間を一年間、一か月の賃料金六万円、敷金二〇万円として賃貸したこと、

(2) その際、定型の賃貸契約書のほか公正証書も作成されたが、公正証書では、賃貸人の承諾なしに賃借物の用方又は原状を変更しないこと、賃借人は賃貸人の承諾なしに賃借物に自己の造作を付加しないこと、賃借人は賃貸人から承諾を得る場合には必ず書面によらなければ効力を生じないことが条件とされていたこと、

(3) しかし、当時の本件建物は屋根と壁面だけからなつており、内部はがらんどうであつたため、被告が業務を行うためには設備を整える必要があつたこと、そこで、三陸は被告に対し、倉庫内に事務所を仮設すること、三陸名義の電話を共同で使用するため仮設した事務所内に移設して切替機をつけること、仮設した事務所内に水道管を引くこと、本件建物内南側の便所を改装し使用すること、同年五月三〇日までに三陸の在庫品を片付けることを承諾する旨の書面を作成交付したこと、

(4) 被告はこれに基づいて、同年六月ころ、別紙図面3記載のとおり、本件建物の北側部分の東側部分に角材とベニヤ板で事務所を仮設して、水道管を引き洗面所を設け、電話を移設したこと、被告は更に本件建物の北側部分の南側に建具の作業場、北側に塗装班と板金班のための控え室を二部屋、西側に塗装と板金以外の資材置場、機械置場、着替室を造り、本件建物の北側の空き地に便所を築造し、その費用合計金六二万五〇〇〇円を支出したこと、原告は、これらの工事につき、苦情は述べなかつたこと、

(5) 原告は、同年七月二三日、岩本武則から、本件敷地の借地契約の解除の通知を受けたこと、

(6) 原告は、同年一〇月二三日、本件建物の所有権を三陸から原告に移転したこと、

(三)(1) 三陸は、昭和三九年二月二一日ころ、被告に対し、賃貸借契約の期限について契約どおり実行するよう求める書面を送付したこと、しかし、原告としては、期限どおりの明渡しを求めるまでの意図はなかつたこと、

(2) 岩本武則は、同年三月一七日、原告に対し、本件敷地の借地契約の解除の確認を求めるとともに、被告が本件建物の北側の空き地に木造トタン葺材料置場を築造使用していることが無断転貸に当たるとして、解除原因を追加する旨通知したこと、

(3) 三陸は、同年三月ころ、倒産し、原告は、同年五月一八日、本件建物の所有権移転登記を経由したこと、

(4) 原告と被告は、同年六月一日、本件建物の北側部分について、これを倉庫として使用する目的で、賃貸期間を二年間、一か月当たりの賃料金六万円、敷金二〇万円として、賃貸借契約を更新したこと、原告と被告は、その際、公正証書を作成したが、公正証書においては、前記(二)(2)と同様、賃貸人の承諾なしに賃借物の用方又は原状を変更しないこと、賃借人は賃貸人の承諾なしに賃借物に自己の造作を付加しないこと、賃借人は賃貸人から承諾を得る場合には必ず書面によらなければ効力を生じないことが条件とされており、また、その作成には、原告及び被告の前代表者長島正太郎が列席したとされていること、

(四)(1) 被告は、昭和四〇年一月ころ、本件建物の別紙図面3記載の北側工場部分の地面をコンクリートで固め、右北側工場部分の東側部分に二階を造つて事務所とし、また、前記二、4、(二)記載のとおり、一階に事務所部分を築造し、その費用金五〇万円を支出したこと、この工事の結果、本件建物の状況は、別紙図面4記載のとおりとなつたこと、原告は、被告の右工事については、何ら異議を述べなかつたこと、

(2) 同年一二月一日当時の被告の役員は、取締役社長が長島正太郎、取締役副社長が並木彦五郎、専務取締役が宝田勇、取締役工業部長が現在の代表取締役の鈴木司郎であつたこと、

(五)  原告と被告は、昭和四一年七月三一日、本件建物の北側部分について、これを工場、倉庫、事務所として使用する目的で、賃貸期間を三年間、賃料を一か月当たり金七万円、敷金二八万円、既存動力使用料を金一四万四〇〇〇円とし、被告は原告の承諾なくして賃借物の用法、造作、模様替え等原状を変更しないこと、被告は賃借物内の造作の変更又は設置若しくは改造を行う際は、事前に原告の承諾を得た上、自己の費用をもつて施工することを条件として、賃貸借契約を更新したこと、契約書には、原告と被告の前代表者長島正太郎が署名又は記名及び押印したこと、

(六)(1) 被告は、昭和四三年ころ、本件建物の北側の空き地に屋根を設置したこと、

(2) 原告は、昭和四三年二月二二日ころ、岩本武則から、原告が右空き地を無断で被告に使用させており、被告が堅牢な建築物を構築しようとしているとして、その原状回復を求める旨の通知を受けたこと、

(3) 被告は、同年ころ、本件建物の屋根及び北側壁面の塗装工事を行い、その費用四万五〇〇〇円を負担したこと、

(七)  原告と被告は、昭和四四年七月三〇日、本件建物の北側部分について、これを工場、倉庫、事務所として使用する目的で、賃貸期間を三年間、賃料を一か月当たり金八万円、敷金三〇万円、既存動力使用料を金一四万四〇〇〇円とし、被告は原告の承諾なくして賃借物の用法、造作、模様替え等原状を変更しないこと、被告は賃借物内の造作の変更又は設置若しくは改造を行う際は、事前に原告の承諾を得た上、自己の費用をもつて施工することを条件として、賃貸借契約を更新したこと、契約書には、原告と被告の前代表者長島正太郎が署名又は記名及び押印したこと、

(八)  被告は、昭和四五年ころ、本件建物の木製建具をサッシに取替える工事を行い、その費用金五万円を支出したこと、

(九)(1) 本件建物の南側部分は、当初、訴外丸二建設に賃借され、その後、訴外有限会社三和自動車(以下「三和」という。)が賃借するようになつていたが、昭和四六年ころ、三和から被告に対し事業引継ぎの話があり、被告は有限会社烏山オートサービス(以下「オートサービス」という。)を設立した上、昭和四六年五月、原告の承諾の下、三和から賃借権の外、機械、工具、造作等一切を買取り、自動車修理の事業を始めたこと、

(2) 原告とオートサービスとの間の本件建物の南側部分の賃貸借契約は、これを工場、倉庫、事務所として使用することを目的とし、賃貸期間が三年間、敷金四二万円、一か月当たりの賃料は、同月一日から昭和四七年四月末日までが金六万円、同年五月一日から昭和四八年四月末日までが金六万五〇〇〇円、同年五月一日から昭和四九年四月末日までが金七万円とされ、被告は原告の承諾なくして賃借物の用法、造作、模様替え等原状を変更しないこと、被告は賃借物内の造作の変更又は設置若しくは改造を行う際は、事前に原告の承諾を得た上、自己の費用をもつて施工することが条件とされたこと、契約書には、原告と被告の前代表者長島正太郎が署名又は記名及び押印したこと、

(一〇)(1) 原告と被告は、昭和四七年八月一日、本件建物の北側部分について、これを工場、倉庫、事務所として使用する目的で、賃貸期間を三年間、敷金三〇万円、一か月当たりの賃料を、同日から昭和四九年一月三一日まで金九万円、同年二月一日から昭和五〇年七月三一日までが金九万五〇〇〇円とし、被告は原告の承諾なくして賃借物の用法、造作、模様替え等原状を変更しないことを条件として、賃貸借契約を更新したこと、契約書には、原告と被告の前代表者長島正太郎が署名又は記名及び押印し、被告の連帯保証人として、被告代表者鈴木司郎が記名押印したこと、

(2) 被告は、同年ころ、本件建物の北側部分の東側の土台を一部取替え、その費用金六万円を支出したこと、

(一一)  被告は、昭和四八年ころ、本件建物の南側部分で行つていた自動車修理事業を廃業し、右部分においても、リフォーム業を行うようになつたこと、また、被告は、金三五万円を支出して本件建物の屋根平板葺の上波子板重ね葺の工事をしたこと、

(一二)  原告と被告は、昭和四九年五月一日、本件建物の南側部分について、これを倉庫、事務所として使用する目的で、賃貸期間を三年間、敷金五〇万円、一か月当たりの賃料を同月一日から昭和五〇年一〇月末日までは金九万五〇〇〇円、同年一一月一日から昭和五二年四月末日までは金一〇万円とし、被告は原告の承諾なくして賃借物の用法、造作、模様替え等原状を変更しないこと、被告は賃借物内の造作の変更又は設置若しくは改造を行う際は、事前に原告の承諾を得た上、自己の費用をもつて施工することが条件とされたこと、契約書には、原告と被告の前代表者長島正太郎が署名又は記名及び押印し、被告の連帯保証人として被告代表者鈴木司郎が記名押印したこと、

(一三)(1) 被告は、昭和五〇年ころ、本件建物の明かり取り窓及び屋根について工事を行い、その費用金一五万円を支出したこと、

(2) 被告は、本件建物の二階事務所部分に、同年一月、水道管を、同年三月、ガス管をそれぞれ配管する工事を行い、その費用合計金六九万四二六〇円を支出し、さらに、同年七月、鉄骨を用いて本件建物の二階事務所の拡張改造し、ロッカー室を設ける工事を行い、一階洗面所を新築し、その費用金二〇〇万円を支出したこと、これらの工事の結果、本件建物の状況は、別紙図面5記載のとおりとなつたこと、

(3) 被告は、同年、本件建物の南側壁面の防水塗装工事、北側壁面波子板及び便所の塗装工事を行い、その費用金二五万円を支出したこと、

(4) 原告は、右(1)ないし(3)の各工事について、異議は述べなかつたこと、

(5) 原告と被告は、同年八月ころ、本件建物の北側部分の賃貸借契約を更新したこと、

(一四)(1) 原告と岩本武則は、昭和五一年一月一日、本件敷地について、木造建物所有の目的で、賃貸期間を二〇年間、一か月当たりの賃料を金二〇万円とし、賃借人が土地上に所有する建物を改築又は新増築するときは事前に賃貸人の書面による承諾を受けなければならないとの条件で賃貸契約を更新したこと、

(2) 被告は、同年ころ、本件建物の北側の空き地部分に、パイプシャッターを新設し、その費用金二五万円を支出したこと、

(一五)(1) 原告と被告は、昭和五二年五月ころ、本件建物の南側部分の賃貸借契約を更新したこと、

(2) 原告と被告は、昭和五三年八月ころ、本件建物の北側部分の賃貸借契約を更新したこと、

(3) 被告は、同年一二月ころ、本件建物の北側部分の屋根の葺替え工事を行い、その費用金七〇万七七二〇円を支出したこと、

(一六)(1) 被告は、昭和五四年ころ、本件建物の南側壁面の鉄板部分の補修を行い、その費用金一〇万円を支出したこと、また、被告は、同年ころ、原告の依頼に基づき、本件建物の東側の基礎を新設し、外壁の土台や柱の腐食していた部分を取替える工事を行い、金二五万円を支出し、さらに、原告の依頼に基づき、屋根の雨漏りの修繕、鉄扉の修繕等を行い、費用を支出したこと、

(2) 原告は、昭和五四年二月六日ころ、被告に対して、まず、基礎、屋根、鉄扉の補修工事の費用について、被告から金一五〇万円の見積が出されていたのに対し、それを金九〇万円に減額することを求め、その理由として、被告自らが工事を行つたものであり、その負担は通常の場合より小さいこと、従前の被告の支出による内装工事について原告が黙認してきたことを考慮すべきであることを挙げ、次いで、右の補修費用九〇万円の支払いについて、昭和五四年から昭和五六年にかけて毎年金三〇万円ずつを敷金に上積みすることで清算するよう求め、その理由として従前の敷金が少額であることを挙げ、さらに、本件建物の北側部分の賃料を、昭和五三年八月一日から一年半の間は一か月当たり金一八万円、その後の一年半の間は一か月当たり金一九万円とし、更新料を金六〇万円、敷金を金八〇万円とすることを求め、その理由として、本件建物の周辺地域の開発の進展、補修工事による本件建物の価値の増加、本件建物の使用目的が事務所まで拡張されたことを挙げたこと、

(3) 原告は、昭和五四年二月一四日、被告に対し、本件建物の北側部分の一か月当たりの賃料を、一年目は金一七万円、二年目は金一七万五〇〇〇円、三年目は金一八万円とし、更新料を金五〇万円、敷金を金一〇〇万円とすることを求め、補修費用金九〇万円の支払いについては、その延期を求めたこと、しかし、補修費用金九〇万円は原告から被告に払われなかつたこと、

(一七)  原告と被告は、昭和五五年五月ころ、本件建物の南側部分の賃貸借契約を更新したこと、

(一八)(1) 原告は、昭和五六年一月二三日ころ、本件建物の北側部分の賃貸借契約の更新を拒絶し、同年八月六日、被告に対し、本件建物の北側部分の使用継続に対する異議を述べたこと、

(2) 原告は、昭和五七年九月一七日、被告に対し、本件建物の北側部分について、被告が本件建物内において、多量の木材の切り屑、おが屑等の可燃性の残骸が出され、タバコの火などによつて容易に出火するおそれがあり、付近の住宅からの苦情が出ているとして、本件建物の北側部分についての賃貸契約の昭和五六年八月一日以降の契約更新を拒絶し、また、被告が同日以降の賃料を支払わないことを理由に賃貸借契約を解除したとして、明渡しを求め、さらに、本件建物の南側部分について、原告の自己使用の必要があるとして、賃貸借契約の解約を申し入れ、また、被告が昭和五五年五月分以降の賃料を支払わないことを理由に賃貸借契約を解除したとして、明渡しを求めるとともに、被告が本件建物の北側部分内の動力を賃貸借契約終了後も使用しているとして、使用料相当損害金の支払いを求める訴訟を提起したこと(以下「前訴」という。)、

(3) これに対し、被告は、更新拒絶及び解約申し入れの正当事由をいずれも争い、賃料不払いに対しては、原告が賃料の受領を拒んだもので、賃料を供託しているとして争い、動力の使用については、被告が設置したものであるとしてこれを争つたこと、

(一九)(1) 前訴については、昭和五九年七月二六日、以下のとおりの内容の和解が成立したこと、

(ア) 原告と被告は、本件建物について、従前の賃貸借契約を同月三一日限り合意解除する。

(イ) 原告は被告に対し、本件建物を同年八月一日から次の条件で貸渡す。

(a) 期間 三年

(b) 賃料 一か月金四五万円

(c) 敷金 一八〇万円(賃料四か月分)

(d) 本件賃貸契約は更新できるものとし、更新の場合には賃料の二か月分を更新料として支払う。

(e) その余の賃貸条件は当事者間で別に定める。

(ウ) 被告は原告に対し、更新料として金九〇万円及び和解金として金一三〇万円の合計金二二〇万円を昭和五九年八月一日に原告代理人事務所に持参又は送金して支払う。

(エ) (イ)(c)項の敷金一八〇万円のうち金一五〇万円は従前の賃貸借契約において預託済みのものを充当し、被告は原告に対し、残額金三〇万円を(ウ)項の金員とともに支払う。

(オ) 原告はその余の請求を放棄する。

(カ) 訴訟費用は各自の負担とする。

(2) その後、原告と被告は、定型の賃貸借契約書による契約書を作成し、その際の条件として、賃借人は本件建物を事務所、工場、倉庫に使用する外、他の用途に使用してはならず、建物の模様替え又は造作その他の工作をするときは、事前に賃貸人の書面による承諾を受けるとされたが、被告からの申入れにより内装変更及び簡単な造作変更については、賃貸人の承諾を要しないとされたこと、

(二〇)  原告と被告は、昭和六二年八月一日、本件建物の賃貸借契約を、事務所、工場、倉庫として使用する目的で、賃貸期間を三年間、一か月当たりの賃料金五二万円、敷金二〇八万円、賃借人は、建物の模様替え又は造作その他の工作をするときは、内装変更及び簡単な造作変更を除いて、事前に賃貸人の書面による承諾を受けることを条件として、更新したこと、

以上の事実を認めることができ、前掲各証拠のうち右認定に反する部分はいずれも採用することができない。原告は、原告も本件建物の工事費用を負担してきたと主張し、被告発行の領収書を提出し、原告本人もこれに沿う供述をするが、被告代表者は、右領収書は、原告の自宅の工事について発行したものであると供述しており、原告主張の事実を認めることはできない。

したがつて、まず、三陸と被告との賃貸借契約においては、公正証書により、賃貸人の承諾なしに賃借物の用方又は原状を変更しないこと、賃借人は賃貸人の承諾なしに賃借物に自己の造作を付加しないこと、賃借人は賃貸人から承諾を得る場合には必ず書面によらなければ効力を生じないことが条件とされていたところ、三陸は被告に対して作成交付した書面では、倉庫内に事務所を仮設すること、三陸名義の電話を共同で使用するため仮設した事務所内に移設して切替機をつけること、仮設した事務所内に水道管を引くこと、本件建物内南側の便所を改装し使用すること、同年五月三〇日までに三陸の在庫品を片付けることについてを承諾する旨記載されていたに止まるのであるから、右承諾の書面の範囲を超えて、三陸が被告に対し、工事費用、労力、材料等全額を被告が負担することを条件とする本件建物の大改築を承諾したとすることはできない。この点、被告は、実際には原告から与えられた承諾の範囲を超えて工事を行い、原告はこれに対して異議を述べていないが、これをもつて、被告が実際に行つた工事について、原告が事後的にこれを承諾したとすることはできても、三陸が被告に対し、工事費用、労力、材料等全額を被告が負担することを条件とする本件建物の大改築を承諾し、本件工事についてまでの承諾があつたとすることはできない。

また、本件建物の北側部分の賃貸借契約の一回目の更新の際、公正証書により、当初の契約と同様、賃貸人の承諾なしに賃借物の用方又は原状を変更しないこと、賃借人は賃貸人の承諾なしに賃借物に自己の造作を付加しないこと、賃借人は賃貸人から承諾を得る場合には必ず書面によらなければ効力を生じないことが条件とされていたのであり、原告被告の間では本件建物の修理改造について、賃借人の建物使用目的に適合し、かつ、被告の営業目的に必要な範囲内で修繕、改造ができ、その費用負担については協議の上決めることが口頭で合意されたとすることはできない。この点、被告代表者は、被告代表者鈴木司郎と原告との間で、右内容の口頭の合意がなされたと供述するが、前記認定によれば、右更新契約の公正証書の作成には、原告及び被告の前代表者長島正太郎が列席したのであり、採用できない。また、前記認定事実によれば、被告は、自らの費用負担において本件建物の修理改装工事を頻繁に行い、中には原告の依頼に基づいて行つたものもあり、原告は、このような改装工事に対し異議を述べたことはないことが認められ、むしろ、原告は改装工事による本件建物の価値の増加を歓迎していたことがうかがわれるが、原告と被告との本件建物についての賃貸借契約の契約書には、当初から一貫して増改築禁止条項が設けられていたのであり、契約書外で口頭による増改築の承認がなされていたとすることはできない。むしろ、前訴の和解以降の賃貸借契約において、被告からの申入れにより、内装変更及び簡単な造作の変更については賃貸人の承諾を要しないとの特約が敢えて設けられていることからすると、口頭による増改築の承認がなかつたとするのが相当である。

結局、本件契約においては、内装変更及び簡単な造作の変更については賃貸人の承諾を要しないことが特約により被告に認められているにすぎない。

なお、前訴の和解において、従前の賃貸借契約が合意解除されているが、同一の和解の中で、更新料を支払うこと及び従前の敷金を流用することが約定されていることからすると、右合意解除は、従前の賃貸借契約が本件建物の南側部分と北側部分で別個の契約となつていたものを、一つの契約にまとまるために技術的にされたものと解され、本件建物の賃貸借契約は、実質的には、北側部分については昭和三八年五月二七日から、南側部分については、昭和四六年五月一日から、それぞれ継続しているとみるのが相当である。

五  抗弁2について

1  抗弁2(一)のうち、本件建物の北側部分の鉄扉がレールから外れて道路側に倒れる事故が、昭和五四年ころに一回あつたこと、同(三)のうち、北側の空き地が、従前から屋根付の駐車場であり、シャッターが設置されていたことは当事者間に争いがない。

2  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。すなわち、

(1) 本件建物は、昭和三〇年に建築され、昭和五〇年ころから、地盤沈下と土台の腐食により、壁面が傾斜し、また、壁面のモルタルにひび割れが生じ、雨水が浸入してモルタルが溶け、屋根と壁面から雨漏りするといつた老朽化の現象が現れたこと、このため、本件建物内部に置いてあつた木材、ベニヤ板、耐火ボード、住宅機器、その他の資材等が雨漏りによつて漏れて使用できなくなる事態が生じたこと、そのため、被告は、本件建物について、前記四、2のとおり、同年ころ、屋根の工事、南側壁面の防水塗装、北側壁面波子板塗装の工事を、昭和五三年一二月ころ、北側部分の屋根の葺替え工事を、昭和五四年ころ、南側壁面の鉄板部部分の補修、東側基礎の新設、外壁の土台、柱の交換、屋根の雨漏り修繕、鉄扉の修繕の各工事を行つたこと、被告は、更に本件建物内部に壁面からの雨漏りを受ける装置を設置したこと、

(2) 本件建物の北側部分の鉄扉は、一枚当たり約二〇〇キログラムの重量があつたところ、昭和五四年ころ、吊り手の滑車及び滑車のレールが雨漏りにより錆び、また、レールが設置されている梁の腐食が進んだため、道路側に転倒する事態が生じたこと、

(3) 本件建物の南側部分の鉄扉は、一枚当たり約一五〇キログラムの重量があつたところ、前記のとおり壁面が傾斜し、昭和五五年ころから、吊り手及び滑車のレールが雨漏りにより錆び、また、レールが設置されている梁が腐食して撓んだため、土間に下端が接地するようになり、開閉が困難となり、また、建物の内側に転倒し、被告の従業員や資材、車両等に危険が及ぶおそれが生じたこと、

(4) 本件建物の北側部分の鉄扉は、昭和六二年九月ころ、台風の強風により二枚とも道路側に転倒し、被告は、警察から警告と改修の勧告を受けたこと、

(5) 本件建物の北側部分の鉄扉は、平成元年初めころから、壁面の傾斜が増し、開閉に不自由するようになつたこと、被告は、北側部分の鉄扉について、風があるときは、しんばり棒を用いて倒れないようにし、強風のときは、釘を打ちつけて倒れないようにしたこと、

(6) 本件建物の北側部分の鉄扉は、平成元年九月の台風の際、道路側に転倒し、たまたま歩道を通行中の自転車の荷台に接触したこと、このため、被告は、警察から警告を受けたこと、

(7) 本件建物所在地は準防火地帯に指定されており、建物の外壁面には防火材を用いる必要があつたこと、防火材としては、モルタルが考えられるが、本件建物の道路側(西側)の壁面は、モルタルと鉄板張りであつたところ、本件工事が行われた当時、モルタルのひび割れやひび割れへの雨水の浸入、鉄板の腐食等により、既存の壁面の上にモルタルを塗つたり、ボード等を貼ることはできない状態にあつたこと、

(8) 被告は、鉄扉の代替としてシャッターを設置することとしたのであるが、シャッターを設置するには、設置する壁面が垂直でなければならないこと、

以上の事実を認めることができる。

以上の事実からすれば、鉄扉の転倒防止及びその原因となつている壁面の雨漏りの防止の工事は、被告が本件建物をその用法に従つて使用するに当たつて、早急に行う必要があつたというべきである。

そして、鉄扉の荷重を支える梁自体が腐食していたことからすると、本件建物の鉄扉の原状の形態を変更せずにその転倒を防止するためには、梁自体を取替えなければ、再度転倒する可能性があつたというべきであり、梁自体の取替えが本件建物の基本的構造を変更するものであり、多額の費用を要することは明らかであるから、被告としては、既存の鉄扉を補修して維持するのではなく、鉄扉の代替となるものを設置する必要があつたと認められる。

さらに、既存の壁面に対して雨漏り防止のための手を加えることはできず、また、被告が鉄扉の代替となるシャッターを設置するためには、既存の傾いた壁面ではなく垂直な壁面が必要であつたのであつたところ、既存の壁面を造り直すのでは多額の費用を要し、本件建物の基本的構造を変更することになることは明らかであるから、被告としては、既存の壁面を残しつつ、新たに耐火性、防水性のある垂直な壁面を設置する必要性があつたと認められる。

この点について、原告は、鉄扉が道路側に倒れたのは一回にすぎず、転倒防止のための工事が必要なのは北側部分の鉄扉だけであり、鉄扉の道路側への転倒を防止するには、鉄扉を内側から吊り提げるように変更すれば足りるとし、道路側の壁面は、当時塗装がなされており、雨漏りのおそれはなかつたと主張するが、原告本人は、鉄扉の状況を調べたことはないと供述していること、《証拠略》に照らし採用することができない。

3  《証拠略》によれば、本件建物の事務所部分については、昭和四〇年一月に設置された後、改修はほとんど行われなかつたことが認められ、被告の営業活動の便宜、接客環境の改善の観点からすると、被告としては、約二五年前に設置された事務所部分を改装する必要性があつたと認められる。

4  《証拠略》によれば、本件建物の北側の空き地は、塀によつて区画された約一四坪の土地であることが認められ、前記認定のとおり、被告は、昭和三八年の賃貸借契約の当初から北側の空き地に便所を設置し、後にシャッターや屋根を設置するなどして使用を継続しており、原告がこれに対して異議を述べた事実はなく、岩本武則も昭和三九年及び昭和四三年には被告が本件建物の北側の空き地を使用することについて、原告に異議を述べているが、それら以外に岩本武則が異議を述べた事実は存しないのであるから、本件建物の北側の空き地は本件建物の用に供されているとするのが相当である。

そして、前記のとおり、本件建物の道路側(西側)の壁面の改修工事として、新たな壁面を設け、鉄扉の代替としてシャッターを設置する必要があり、また、事務所部分についても改装の必要性があつたのであるから、被告が、建物全体の営業上、美観上の観点から北側空き地部分についても、本件建物の道路側(西側)を同様の壁面を設け、新たなシャッターを設置する必要があると考えたとしても不合理とすることはできない。

六  抗弁3について

被告が行つた本件工事の内容は、前記二のとおりであるので、これらの工事により設置された部分の復旧の難易度について検討する。

1  まず、被告が設置した基礎については、本件建物の道路側(西側)の外側に設けられたもの、本件建物の事務所部分に設けられたもののいずれもが、コンクリートの床土上にベニヤ板の板囲いを置いてコンクリートを流し込む方法によつて設けられたもので、地面を掘つて築造される、地上部分よりも大きな構造を地中部分に持つようになつた形状の基礎ではないと認められるのであり、これらを撤去することは可能であつて、撤去するには然程困難は伴わないというべきである。

2  次いで、被告が本件建物の道路側(西側)に南側部分から北側の空き地にかけて設置した新しい壁面及び事務所部分の上部に設けられた屋根状の構造物については、既存の壁面と新設の壁面との間には数センチメートルないし十数センチメートルの空間があり、既存の壁面は何ら変更が加えられずに保存されており、既存の壁面と新設の壁面との間の空間については、壁面の上端部で笠木が伸ばされ、間隙が埋められている。そして、《証拠略》によれば、被告が設置したシャッター四基についても、新しい壁面に取付けられたものであることが認められる。したがつて、これらの新設の壁面、事務所部分の上部に設けられた屋根状の構造物及びシャッターを撤去することは可能であり、また、それに要する作業も、安全を確保するため足場等を組む必要があるものの、数日間で完了することができると考えられる。

3  また、事務所部分については、前記四、2のとおり、原告は、本件工事が行われる以前の事務所部分の改装について異議を述べたことはなく、したがつて、これを許容していたというべきであるところ、前記二、4のとおり、本件工事の作業内容は、別紙図面5記載のAK、DE間の壁面の収去を除いて、被告が本件建物の賃借後に設けた事務所部分内の壁面を形成する骨組やベニヤ板、天井を収去し、新たに壁面を形成する骨組を補強してベニヤ板を貼り、天井を設けたに止まり、そもそも、賃貸借契約開始当時には、事務所部分の道路側(西側)に壁面はなく、同図面記載のAK、DE間の壁面を収去したことについても、これらの間の壁面に本件建物の屋根の荷重を支える基本的な構造物があつたと認めることはできないのであるから、本件工事の前後において、事務所部分を賃貸借当初の原状に復するために要する作業に質的な変化があつたとすることはできず、したがつて、本件工事によつて、事務所部分の原状回復についての原告の負担が増加したとすることはできない。

七  抗弁4について

本件全証拠によるも、抗弁4の事実を認めることはできない。この点、被告代表者は、抗弁4の事実に沿う供述をするが、反対趣旨の原告本人の供述に照らして、容易く採用することはできず、他に右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

八  再抗弁について

1  再抗弁1について

(一)  原告本人は、再抗弁1の(一)及び(二)の各事実に沿う供述をするが、被告代表者の反対趣旨の供述に照らして容易く採用することができず、他に再抗弁1の(一)及び(二)の各事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  再抗弁1の(三)について

《証拠略》によれば、原告は、平成二年一月、被告が本件建物の道路側(西側)全面に防護網を張つた際に、被告に対して、「千歳烏山の街づくり計画のお知らせ」と題する書面及び地図を交付したことを認めることができる。したがつて、原告が、同日、被告に対して、本件建物を建替える計画であるので本件工事を中止するよう求めたとも考えられる。しかし、被告代表者は、原告は右の書面及び地図について説明しなかつたと供述していることからすると、直ちに、原告が被告に対して、本件建物を建替える計画であるので本件工事を中止するよう求めたとすることは困難である。

(三)  再抗弁1の(四)について

《証拠略》によれば、原告は、平成二年一月三一日、被告に対し、「建物改造工事中止依頼の件」と題する書面により、原告被告間の本件契約における信頼関係が喪失したこと及び本件工事の中止することを通知したことを認めることができる。しかし、被告代表者は、鉄扉の転倒により事故が発生した場合の責任をとるよう求めたところ、原告はこれに答えず、工事中止の話は立ち消えとなつた旨供述しており、鉄扉の転倒により事故が発生した場合に責任を誰が負うかは極めて重大な問題であることは確かであつて、右供述を不自然とすることはできないのであり、右書面による通知をもつて、直ちに、被告が原告の本件工事の中止要請を無視したとすることはできない。

(四)  再抗弁1の(五)について

前記三のとおり、「建物外装工事中止再申出の件」と題する書面が被告に到達し、本件工事が本件建物の敷地の借地契約に違反し、借地契約が解除されるおそれがあり、本件工事の早急な中止を求める催告がなされたのは、同年二月一三日と認められる。

そこで、同日の時点における本件工事の進捗状況を検討するに、《証拠略》においては、本件建物の道路側(西側)の新たに設けられた壁面の骨組が完成し、シャッター四基及び事務所部分の道路側(西側)壁面上部の屋根状の構造物が設置されているものの、アスファルトフエルト及びボードは全く貼られていない平成二年二月一二日の日付の本件建物の道路側(西側)の写真、壁面の骨組等が剥き出しの状態であり、天井も設置されておらず改装作業の途中とみられる同月一二日及び一三日の日付の事務所部分の写真、壁紙が貼られていない同月一八日の日付の事務所部分の写真、ボードを貼る作業をしている同月一三日の日付の本件建物の道路側(西側)の写真、作業が完了したとみられる同月一三日の日付の事務所部分の流し台の写真がみられ、これらからすると、同月一三日の時点の本件工事の進捗状況は、本件建物の道路側(西側)の壁面については、骨組が完成し、シャッター四基及び事務所部分の道路側(西側)壁面上部の屋根状の構造物の設置が完了し、アスファルトフエルト及びボードを貼り付ける作業に入つた段階であり、事務所部分については、流し台等のある東側部分についての作業は完了していたが、道路側(西側)部分についての作業は、壁面の骨組にベニヤ板を貼り壁紙を貼る作業及び天井を設ける作業が残つていたことがうかがわれる。しかし、他方、《証拠略》によれば、被告の作業日誌には、同月一〇日の時点で、ボード貼りの作業は完了し、同月一三日及び一五日に、事務所部分の階段工事が行われた旨記載されていることが認められ、被告代表者は、ボード貼りは同月八日から一〇日までの間行われて完了し、同月二一日に納品の遅れていた看板を据え付けて本件工事が完了した旨供述しており、右の甲第一四号証の各写真の日付が正確であることを認めるに足りる証拠はないことからすると、同月一三日の時点での本件工事の進捗状況は、本件建物の道路側(西側)部分の外壁工事は、看板の取付けを除いて完了し、事務所部分についても階段の工事が残つていただけであるとも考えられる。したがつて、同日の時点での本件工事の進捗状況については、右のいずれであるか認定することはできず、他に的確にこれを認定することができる証拠はない。

(五)  再抗弁1の(六)の事実は当事者間に争いがない。

(六)  原告本人は、再抗弁1の(七)の事実に沿う供述をするが、反対趣旨の《証拠略》に照らし容易く採用することができず、他に再抗弁1の(七)の事実を認めるに足りる証拠はない。

2  再抗弁2について

(一)  本件全証拠によるも、再抗弁2の(一)及び(二)の事実は、いずれも認めることができない。《証拠略》によれば、被告が本件工事で北側と南側の鉄扉の後に設置したシャッター二基と本件建物の事務所部分の道路側(西側)壁面上部の青色の屋根状部分が区道に侵入しているかのように見えなくはないが、これらの写真において、区道と本件建物の敷地との境界が必ずしも明らかでなく、また、正確な計測の資料もなく、直ちに、これらの写真により本件工事が違法建築であるとすることは困難である。

(二)  再抗弁2の(三)のうち、被告が本件建物の事務所部分の道路側(西側)の出入口に化粧タイルのたたきを設けたことは当事者間に争いがない。

原告は、当初設けられた化粧タイルのたたきの部分が区道に侵入していると主張するが、本件全証拠によるも、本件建物の敷地と区道との境界が明らかでなく、当初設けられた化粧タイルのたたきの部分が区道に侵入しているか否かを判断することは困難である。そして、《証拠略》によれば、原告が区道に侵入していると指摘する化粧タイルのたたきの部分は、既に被告により撤去されていることが認められるのであり、本件契約の信頼関係に影響を及ぼすものとして考慮することは困難である。

3  再抗弁3について

前記四、2のとおり、被告は、昭和五〇年七月、本件建物の改築工事を行い、鉄骨を用いて本件建物の二階事務所の拡張改造し、ロッカー室を設ける工事を行い、一階洗面所を新築し、その結果、本件建物の状況は、別紙図面5記載のとおりとなつたのであるが、他方、原告はこれらの工事について何ら異議を述べておらず、前訴においても問題とされていないと認められるのであつて、原告は、右工事を事前又は事後に承諾していたとするのが相当である。したがつて、再抗弁3の事実は認められない。

4  再抗弁4について

前記四のとおり、前訴において、被告は、原告の賃料不払いの主張に対して、賃料の受領拒絶と供託を主張していること、前訴については和解が成立し、その和解条項の中で従前の賃貸借契約が合意解除されたのは、従前の賃貸借契約が本件建物の南側部分と北側部分で別個の契約となつていたものを、一つの契約にまとまるために技術的にされたものと解されること、右和解条項には、契約違反についての約定はないことからすると、再抗弁4の事実を認めることはできない。

5  再抗弁5について

前記四、2の(三)(2)及び(六)(2)のとおり、岩本武則は原告に対し、昭和三九年及び昭和四三年に被告の本件建物北側の空き地の使用について異議を述べたことが認められる。しかし、他方、前記四、2の(一四)(1)のとおり、原告と岩本武則は昭和五一年に敷地の賃貸借契約を更新していることが認められ、また、前記のとおり、原告と被告との間で前訴において和解が成立しているのであるから、岩本武則が原告に対し、昭和三九年及び昭和四三年に異議を述べたことが、現時点の原告と被告との信頼関係に影響を及ぼすとすることはできない。さらに、《証拠略》によれば、岩本武則は、本件工事について、原告及び被告いずれに対しても、異議や苦情を述べる意思はないことが認められるのであるから、現時点において、本件工事を巡つて原告及び被告と岩本武則の関係が悪化したとすることもできない。

九  以上から、本件契約の解除が認められるか否か検討する。

1  まず、本件契約においては、賃借人は、建物の模様替え又は造作その他の工作をするときには、事前に賃貸人の書面による承諾を受けなければならない。賃借人が右規定に違反したときは、賃貸人は、催告をしないで、直ちに本件契約を解除することができるとの増改築禁止条項が設けられており、これに対して、特約により、内装変更及び簡単な造作の変更については賃貸人の承諾を要しないとされているにすぎず、他に被告が原告の承諾なくして建物の模様替え又は造作その他の工作ができることを認めるような約定は存しない。そして、前記二の本件工事の内容からすると、本件工事は、新たに外壁を築造して、シャッター四基を設置するとともに、事務所部分について、壁面の一部、天井を撤去して、新たにこれらを築造し直した上、事務所部分の一部を建物の外部とし、階段を移動させるなど大幅な改修というべき内容であつて、内装変更及び簡単な造作の変更に止まるものではなく、事前に賃貸人の書面による承諾を要する建物の模様替え又は造作その他の工作にあたるとするのが相当である。しかし、被告は、賃貸人である原告に対して、書面による事前の承諾を得ていないのであるから、被告は、右の増改築禁止条項に違反したこととなる。

2  建物の賃貸借において、賃借人が本件のような増改築禁止条項に違反して増改築を行つた場合、原則として契約の解除原因となるが、増改築が賃貸借契約の当事者間の信頼関係を破壊するに足りないと認める特段の事情があれば、賃貸借契約の解除は認められないと解するのが相当であり、右の特段の事情を判断するに当たつては、なされた増改築の規模、程度、復旧の難易、賃借建物の用途、目的、賃貸人の制止、これに対する賃借人の言動、従前の契約関係の経緯、賃借人の主観的事情等諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。

本件においては、本件工事の内容は、前記のとおり、新たに外壁を築造して、シャッター四基を設置するとともに、事務所部分について、壁面の一部、天井を撤去して、新たにこれらを築造し直した上、事務所部分の一部を建物の外部とし、階段を移動させるなど大幅な改修というべき内容であり、それに要した費用も約金四〇〇万円と安価とはいい難い額に及んでいる。

しかしながら、前記五のとおり、本件工事は、鉄扉が転倒して通行人等に危害を及ぼす危険性が現実に具体化した段階において、その危険を早急に除去する必要が生じたことを契機に、あわせて、従前からの壁面からの雨漏りを防止し、事務所部分における接客環境を改善する目的で行われたものであり、本件建物の賃貸人である原告がこれらの適切な改修を行うなどの措置を講じた形跡は何ら窺われないことなどに照らすと、その必要性、合理性が認められるのであり、前記六のとおり、設置された基礎は、撤去することは可能であつて、撤去に然程困難は伴わず、本件建物の道路側(西側)に南側部分から北側の空き地にかけて設置された新しい壁面、事務所部分の上部に設けられた屋根状の構造物及びシャッター四基についても、これらを撤去することは可能であり、それに要する作業も、安全を確保するため足場等と組む必要があるものの、数日間で完了することができると考えられ、事務所部分については、本件工事の前後において、本件建物の事務所部分を賃貸借当初の原状に復するために要する作業に質的な変化があつたとすることはできず、したがつて、本件工事によつて、事務所部分の原状回復についての原告の負担が増加したとすることはできない。さらに、前記四のとおり、本件賃貸借における、建物の用途、目的は、事務所、工場、倉庫として使用することにあるが、本件工事によつて、これらの用途、目的に変更が生じたものではない。また、事務所として使用する以上、接客環境の整備を行うことは、当然に予定されているというべきであり、接客環境を良くするための改装、改築等については、それが必要かつ相当なものである限り、賃貸人はこれを受忍すべきであるといえる。そもそも、前記四のとおり、昭和三八年の賃貸借契約開始当初から、本件建物の維持、管理、補修は、専ら賃借人である被告が行い、その費用についても、原告がこれを負担したことが窺われなくはないが、その額はわずかであつて、その殆どを被告が負担してきたのであり、原告は、被告が本件工事以前に行つた工事について、異議を述べたことは一度もないのである。

そして、本件工事についての原告の制止及びこれに対する被告の対応については、前記八、1のとおり、平成二年二月一二日以前に原告が本件工事の中止を求めたと認めるに足りる証拠はなく、同月一三日になつて初めて被告に対して本件工事中止の要請があつたとするのが相当であるが、同日の時点における本件工事の進捗状況については、必ずしも明らかでなく、被告に有利に考えた場合には、同日の時点では、事務所部分の階段の工事が残されていたにすぎないのであつて、被告の営業の継続の必要性からみて、被告が同日以降の作業を行つたとしても已むを得ない面があり、これを信頼関係破壊の要素として重視することはできない。また、仮に、同日以前に原告からの制止があり、或いは同日の時点で相当な量の作業が残つていたとしても、被告は、鉄扉が転倒の危険を早急に除去する必要があつたのであり、これにあわせて、壁面からの雨漏りを防止し、事務所の接客環境を改善する工事を行つたとしても、これを強く非難することはできないというべきである。

さらに、本件工事によつて、本件建物の価値が増加したことは明らかである。

以上の諸事情を総合すれば、本件工事は、その規模、内容ともに軽微なものとはいえないが、被告としては、本件工事を行う緊急性、必要性、合理性があり、増改築部分の復旧も比較的容易であつて、本件建物の用途目的に適つており、従前から本件建物の維持、管理、補修は専ら被告が行つてきたものであり、被告が原告の制止を無視して本件工事を強行したような事情は認め難く、原告も本件建物の価値の増加による利益を受けるのであるから、本件工事が原告、被告間の信頼関係を破壊するものとはいえず、原告、被告間の信頼関係を破壊するに足りないと認める特段の事情があるというべきである。

一〇  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 星野雅紀 裁判官 金子順一 裁判官 増永謙一郎)

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